医療安全文化の定着は「まだら模様」~事故調査制度の基礎に大きな不安

弁護士堀康司(常任理事)(2008年10月センターニュース247号情報センター日誌より)

80施設が「報告ゼロ」

  本年8月、日本医療機能評価機構は、医療事故情報収集等事業平成19年年報を公表し、医療法施行規則11条の2で事故報告義務を負う273施設が、平成19年の1年間に報告した事故件数を明らかにしました。同年報によれば、年間50件以上を報告する施設がある中で、80施設が「報告ゼロ」であったことがわかります。

  ちなみに、平成18年は273例中78施設が「報告ゼロ」でした。また、同事業第9回報告書では、平成16年10月から平成19年3月までの約2年半の間に、53施設が「報告ゼロ」だったと指摘されています。障害残存の可能性の低いケースや、再発防止に資するケースも報告対象とされています。2年以上にわたって、教訓となるケースを1件も見いだせない施設が存在することや、500床を超えるような大規模施設でも「報告ゼロ」が少なからず見受けられること(グラフ1)からは、医療安全文化の定着は、未だ「まだら模様」であることがうかがわれます。

厚労省が初の「警告」

  厚労省は、本年9月1日、「医療事故情報収集等事業における報告すべき事案等の周知について」(医政総発0901001号)との通知を発し、報告義務対象病院に対し、適切な報告実施を促すに至りました。厚労省は「報告ゼロ」施設を特定する情報を有していないので、これ以上の指導を加えることは不可能です。もし、今後も報告義務が守られない傾向が続くなら、「正直者が馬鹿を見る」ことのないよう、報告懈怠に対して明確なペナルティを課すことが必要となるのかもしれません。

  医療安全調査委員会に関する議論では、刑事免責を求める意見も見受けられます。しかし、義務的報告すら不十分という実情に照らして、医療界の自律性・自浄努力に疑問が残る中で、交通事故や労災等と区別して、医療刑事免責に社会の理解を得ることは、非常に難しいだろうと思います。平成20年年報には、医療界の本気を示す数字が掲載されることを、願わずにはいられません。

鋳型のサイズで実態が決まる?

  事故の発生件数は、病院の規模(病床数)にほぼ比例するのではないかと想像されるところです。しかし、同年報の数字から病床規模毎の平均報告件数を割り出すと、病床数と報告件数との相関関係が見られるのは500床あたりまでで、500床から1,000床の間では相関関係は乏しくなるようです(グラフ2)。

  規模が大きいほど安全対策も進んでいる可能性はありますが、医療安全管理のための人員配置が、病床数に対応した人数に達していないために、事故の全容を把握できなくなっているのではないか?との疑問も残ります。

  各病院の医療安全管理部門の人員数と報告件数の相関関係を調査することが望まれますが、医療安全調査委員会を小さな規模でスタートした場合、そのキャパシティに応じた件数しか事故を把握できない結果となって、全貌を把握できないまま小さなサイズで固定されてしまうのではないか、との危惧を感じました。

  調査委員会を「小さく産んで大きく育てる」つもりが、「鋳型のサイズで実態が決まってしまった」ということにならないよう、初期設計での手当はもちろんのこと、その後の予算・人員拡大のロードマップを、あらかじめ具体化しておく必要があるのではないでしょうか。

事例抽出力に大きな地域差

  また、地域別の事例数一覧表の数字を踏まえて、以下の表のとおり、各地域について、(受付事例数+受付に至らなかった事例数)÷(窓口開設月数×域内人口)という数値を概算し、開設間もない宮城と岡山を除いて比較すると、数値が最小となった愛知と、最大の札幌との間には、約27倍もの開きがあることがわかります。

  上記参考人らからは、モデル事業の現場では、遺族から感謝されることも多いということが報告されています。そうした有意義な事業を、より充実させていくためにも、事例抽出能力の高い地域でモデル事業窓口の周知・活用が進んでいる理由を探るとともに、事例抽出能力の低い地域に関しては、早急に、窓口が活用されない理由を検証することが必要です。

※グラフ1、2はこちらをご参照ください
081001センターニュースNo.247.pdf
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