医師・歯科医師に対する行政処分についての意見書

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医道審議会医道分科会  御中
厚生労働省医政局医事課 御中

医療事故情報センター
理事長 弁護士 柴田義朗
〒461-0001 名古屋市東区泉1-1-35
 ハイエスト久屋6階
tel 052-951-1731/fax 052-951-1732
http://www3.ocn.ne.jp/~mmic/

第1 意見要旨

1  刑事事件とならなかった医療過誤について一定の場合に行政処分の対象とする方針への賛意 

 医道審議会医道分科会が平成14年12月13日付けで「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」を発表し、刑事事件とならなかった医療過誤についても一定の場合には処分対象とする方針を打ち出したことに賛意を表明します。
 今後は、国民が安心して医療を受けられることを促進するような正しい処分基準を策定するべきです。

2  事前対応及び事後対応の適否を重視した処分基準策定の必要性 

 医療過誤を理由として行政処分を行うにあたっては、医療過誤の態様そのものに加えて、次に掲げるような、処分対象となる医師(あるいはその医師が所属する医療機関)による事前・事後の医療安全対策の有無及び被害者救済に対する取り組みの有無を重視した基準を用いるべきです。
 そして、適切な対応をした医師に対しては寛大な処分(あるいは行政処分の免除)を行い、不適切な対応をした医師に対しては厳重な処分を行うことによって、行政処分を通じて不誠実な医師を排除するとともに、医師に誠実な行動を促し、被害者の救済と医療事故の再発防止を同時に実現するべきです。

<処分基準として重視すべき要素>

1) 事前の事故防止の努力の有無
2) 被害者側に対する事故発生の事実に関する速やかな報告の有無
3) 被害者側に対する事故発生後の速やかな診療録等の基礎資料の提供の有無
4) 公正さの確保された組織による詳細な事実経過の調査の有無
5) 被害者側に対する4)の調査結果の報告の有無
6) 4)の調査結果に基づいて過誤が明らかになった事案における、被害者側に対する率直な謝罪の有無
7) 4)の調査結果に基づく科学的かつ具体的な事故再発防止策の検討及びその実施の有無
8) 過誤当事者となった医療従事者に対する安全研修、再教育プログラムの実施
9) 被害者側に対する速やかかつ適切な損害賠償の有無

3  医師資質向上対策室(仮称)の設置に対する賛意 

 厚生労働省医政局医事課に、平成15年7月1日から、医師資質向上対策室(仮称)を設置し、国が患者から直接的に苦情を受け付ける道を開いたことを評価します。
 今後は、受け付けた苦情に対する迅速かつ適切な対応がなされること、苦情を申し立てた人に対応結果の告知がなされること及び苦情対応結果全般に関する国民への説明がなされることを実現すべきです。

第2 意見の理由

1  医療事故情報センターについて 

 当センターは、医療過誤訴訟の患者側代理人として活動する全国各地の弁護士542名(2003年8月末現在)が正会員として加盟する団体です。
 当センターは、1990(平成2)年の発足後、10年以上にわたって、医療における人権確立、医療制度の改善、診療レベルの向上、医療事故の再発防止、医療被害者の救済等のため、医療事故に関する情報を集め、とりわけ医療過誤裁判を患者側で担当する弁護士のための便宜を図り、弁護士相互の連絡を密にし、各地の協力医を含むヒューマン・ネットワークづくりを通して、医療過誤裁判の困難な壁を克服することを目的として、積極的な活動を展開しています(沿革や活動内容等は当センターホームページhttp://www3.ocn.ne.jp/~mmic/ をご覧下さい)。

2  医療の安全性に関する国の責務 

 国は、国民に対し良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制が確保されるように努めるべき責務を負っています(医療法1条の3参照)。
 医療事故が今なお多発し続ける現状に鑑みれば、国が良質かつ適切な医療を提供する体制を確保するためには、医療の安全の実現は急務です。
 国が医療の安全を実現するために行うべき施策は、単に行政処分のあり方の見直しだけに留まるものではなく、総合的な施策が必要であることはいうまでもありませんが、国が行政処分権限を行使するのであれば、適切な基準を用いることにより、医療の安全性向上にも資するように運用されるべきです。

3  刑事事件にならなかった医療過誤についても一定の場合には行政処分の対象とすることへの賛意 

 医道審議会医道分科会は、平成14年12月13日付けで「医師・歯科医師に対する行政処分の考え方について」を発表し、事案の類型毎の処分の方針を明らかにして行政処分の運用の透明性・公平性・明確性の向上を図るとともに、今後は刑事事件とならなかった医療過誤についても一定の場合には処分の対象として取り扱うという方針を打ち出しました。

 過去、国は、事実上、刑事処分を受けた医師・歯科医師に対してのみ行政処分を発動していました。
 しかし、国は、医師法・歯科医師法に基づいて、刑事処分を受けた者に対してだけではなく、「医事に関し不正の行為のあった者」や「医師としての品位を損するような行為のあった者」に対しても行政処分を下す権限を有しています。
 従って、国は、単に刑事処分の後追いとして行政処分を下すだけではなく、先に述べたその責務に鑑み、医療における安全の実現という観点から、刑事処分を受けたかどうかに拘泥することなく、医師・歯科医師に対する行政処分権限を、医療の安全に資するよう、適切に行使することが求められています。

 医道審議会医道分科会が、これまでのような刑事処分をただひたすらに後追いするという方針を改め、刑事事件とならなかった医療過誤事案についても一定の場合には監督権限を行使する方向性を打ち出したことについて、当センターは、国が医療の安全確保という責務を全うしようとする施策の一つとして、賛意を表明します。

 今後は、行政処分権限の運用が実際に医療の安全につながるような、適切な処分基準の策定が求められます。

4  事前対応及び事後対応の適否を重視した処分基準の必要性について 

 このように、医道審議会医道分科会では、上記「医師・歯科医師に対する行政処分の考え方について」において、刑事事件とならなかった医療過誤についても一定の場合には処分の対象とする方針を打ち出しましたが、その具体的運用にあたっては、不誠実な医師を排除するとともに、医師に誠実な行動を促し、医療の安全と被害者の救済の双方を促進するような処分基準の策定を行うべきです。

 現在、医療過誤の被害者は、医療事故において生命や身体に直接的な被害を被るだけではなく、1)真実を知ることが出来ない、2)反省や謝罪がない、3)再発防止に向けた取り組みがなされない、4)経済的にも損害が賠償されない、といった2次的な被害を被っています。
 生命や身体に被った被害を元の状態に戻すことができないのであれば、せめて何が起きたのかを知りたい、間違っていたなら謝って欲しい、こういった思いをするのは自分で最後にして欲しい、元に戻せないならせめてお金で償って欲しいと考えるのは、とても自然な願いであると思います。
 しかし残念ながら、過去、医療界は、これら被害者のせめてもの願いに対して、自発的な対応を怠ってきました。
 そこで被害者はやむなく、民事上の損害賠償を請求する訴訟を起こし、あるいは業務上過失致死傷事件として警察に告訴するという手段によって、せめてもの願いを実現しようと奮闘してきたわけですが、民事訴訟や刑事訴訟だけでは、十分に被害者側の願いが叶えられてきたとは言い難い状態です。

 結局、被害者の願いを叶えるには、医療機関が自発的に問題解決に取り組むこと(常日頃から医療の安全の実現に努力をし、不幸にも医療事故が起きた場合には、事実を正直に患者に告げ、真相を究明し、再発防止策を実施し、経済的にも被害者を救済しようとすること)が不可欠です。
 そのためには、行政処分権限を発動するにあたっても、発生した結果の大小だけに着目した機械的運用に留まることなく、医療機関が自発的に誠実な取り組みを行ったかどうかを厳しく評価し、同じく事故を起こした医師・歯科医師であっても、誠実に被害者の願いを叶えようとした者と、そうしなかった者との違いを浮き彫りとするようなメリハリある運用がなされることが必要となります。

 具体的には、次に列記したような要素を重視した行政処分基準を策定すべきです。

<処分基準として重視すべき要素>
1) 事前の事故防止の努力の有無
2) 被害者側に対する事故発生の事実に関する速やかな報告の有無
3) 被害者側に対する事故発生後の速やかな診療録等の基礎資料の提供の有無
4) 公正さの確保された組織による詳細な事実経過の調査の有無
5) 被害者側に対する4)の調査結果の報告の有無
6) 4)の調査結果に基づいて過誤が明らかになった事案における、被害者側に対する率直な謝罪の有無
7) 4)の調査結果に基づく科学的かつ具体的な事故再発防止策の検討及びその実施の有無
8) 過誤当事者となった医療関係者に対する安全研修、再教育プログラムの実施
9) 被害者側に対する速やかかつ適切な損害賠償の有無

 既に述べたとおり、国が医師・歯科医師に対する行政処分権限を発動する究極の目的は、医療の質を高め、医療を受ける立場にある国民が安心して医療を受けられるようにするところにあるはずです。今後、行政処分制度がこの究極の目的の達成に資するよう、適切な基準に従って運用されることを強く要望します。

5  医師資質向上対策室設置に関する賛意 

 国が、以上のような基準に基づいて適切に行政処分権限を行使するためには、行政処分を科すべき事案を適切に把握することが不可欠です。
 そのためには、医療を受ける一般の患者さんの声に幅広く耳を傾けることが必要となります。
 国は、平成15年7月1日から医師資質向上対策室を設置する等、患者からの声をくみ取るための具体的施策を開始したと報じられています。
 当センターは同室設置について、問題事案を適切に把握するための施策として高い評価に値するものと考え、賛意を表明します。

 今後は、単に患者からの苦情を聞き置くだけではなく、寄せられた情報から適切に問題事案を把握し、必要に応じて適時に適切な行政処分を下すことを通じて、医療の質の向上に取り組まれることを要望します。

 なお、同室においては、苦情を申し入れた患者に対して取扱い結果を告知し、一定期間内の苦情取扱い状況については統計的に集約して広く国民に公表する等の施策によって、同室の業務に関する客観性や透明性を確保するよう努めるべきです。

6  日本産婦人科医会提出の要望書に対する意見 

  日本産婦人科医会は平成15年5月13日付けで要望書(日産婦医会発第60号)を提出し、医道審議会医道分科会が打ち出した方針に対する意見を述べています。
   しかし、次に述べるとおり、同要望書はそもそも訴訟件数について誤った事実を前提として意見を展開しており、正確性を欠く内容となっております。また、大変残念なことに、同要望書には、医療の質向上に向けての具体的な提案が含まれていません。

 1)訴訟件数についての事実誤認

同要望書は、


 ・産婦人科に関する医療過誤訴訟の件数が、全体の約1/3を占めている

    ということを前提として議論を進めています(同要望書第1項)。
 
     しかしながら、最高裁判所の統計によれば、産婦人科に関する医療過誤訴訟の件数は次のとおりであり、全体の10数%にすぎません。

<医事関係訴訟事件の診療科目別新受件数>(最高裁調べ)

           a)合計    b)産婦人科   c)割合(b/a×100)

  平成12年   788件     114件      約14.5%

  平成13年   861件     108件      約12.5%

  平成14年   922件     113件      約12.3%

※以上は最高裁HP掲載において公表された数値に基づく
http://courtdomino2.courts.go.jp/shanyou.nsf/0258b7a1680aa82849256467004875a6/
de2817723554a9ea49256d3a000e0e49?OpenDocument


 このように、日本産婦人科医会の要望書では、医療過誤訴訟に産婦人科のケースが占める割合を実際の約2倍に見積もって論旨が展開されており、議論の前提となる事実認識に正確性が欠けています。

2)具体的提案の欠如

 同要望書は、第10項において、非良心的で技術も十分でない医療事故常習者を厳正に処分すればよいと述べています。
 しかしながら、同要望書は、「非良心的で技術も十分でない医療事故常習者」の存在を把握するための具体的方策には全く触れていません。
 すなわち、日本産婦人科医会は、同要望書第8項において、患者からの医道審議会宛の申立ての道を開くことには明確に反対しています。また、日本産婦人科医会は、刑事事件とならなかった事案に対する行政処分についても賛意を表明していません。このような日本産婦人科医会の考え方によれば、結局、繰り返し刑事事件にならない限り、医療事故常習者の存在を把握できないことになります。
 以上のように、日本産婦人科医会の述べる医療事故常習者を厳罰化せよという意見は、全く具体性に乏しい内容となっています。

医道審議会医道分科会では、今後、正確な事実認識を踏まえない意見や、具体性を欠く意見に左右されることなく、医療の質の向上に向けて真に必要な施策を適切に実施するべきです。

以 上