東京拘置所脳梗塞事件最高裁判決~「相当程度の可能性」なき場合を巡り異例の激論 

弁護士堀康司(常任理事)(2006年1月センターニュース214号情報センター日誌より)

3対2の僅差で賠償責任を否定

  平成17年12月8日、最高裁第一小法廷は、拘置所に勾留中に脳梗塞を発症した患者に重大な後遺症が残存したという医療過誤事件について、判事5名中3名による多数意見という異例の僅差で、適時の転送によって重大な後遺症が残らなかった「相当程度の可能性の存在」が証明されたとはいえないとして賠償責任を否定する判決を下しました。

多数意見は「平成15年最判=保護範囲限定」説に立脚

  多数意見を構成した島田・才口各判事は、補足意見として、「重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性」が侵害された場合の賠償責任を認めた最高裁第三小法廷平成15年11月11日判決は、「相当程度の可能性の存在」を要件とすることで賠償責任が認められる範囲を合理的に画した判決であるとの理解に基づき、「相当程度の可能性の存在」が立証されない場合には、その医療行為が「著しく不適切不十分な場合」(島田)・「医療行為の名に値しないような例外的な場合」(才口)でなければ賠償責任は生じない、とする見解を示しました。

反対意見は「適時転送利益」を別個の法益として構成

  他方、本判決には、平成15年最判は「相当程度の可能性の存在」が立証されない場合の賠償責任を否定するものではないとする立場から、横尾・泉各判事による詳細な反対意見が付されています。この反対意見は過去の最高裁判例が、輸血に関する意思決定権(第三小法廷平成12年2月29日判決)、乳房温存療法に関する熟慮判断機会(第三小法廷平成13年11月27日判決)、末期癌であることを家族へ適時に告知されることで患者本人が得られる家族等の協力と配慮(第三小法廷平成14年9月24日判決)、経腟分娩実施に関する判断機会(第一小法廷平成17年9月8日判決)等を保護法益として認めたことと比較して、「適時に適切な医療機関へ転送され、同医療機関において適切な検査、治療等の医療行為を受ける利益」は「保護すべき程度において勝るとも劣らない」とし、本件でも賠償責任を認めるべきと述べています。

「期待権」の行方は?

  本件には、治療可能性の幅が狭い疾患である脳梗塞が拘置所内で生じたという特殊性がありますので、平成15年最判が比較的緩やかに「相当程度の可能性」を認めたことをも考え合わせると、実務的には、本件のように「相当程度の可能性の存在の立証がない」とされる事案はそれほど多くないだろうと思われます。

  しかしながら、今回の判決が「期待権侵害」と呼ばれてきた領域に与える理論面での影響は小さくないはずですので、本判決については、引き続き詳細に検討を加える必要がありそうです。