ADRでの医療紛争解決-その現状と今後の課題-

弁護士園田理(常任理事)(2007年11月センターニュース236号情報センター日誌より)

医療紛争ADRの動向

  東京三弁護士会は、平成19年9月から、紛争解決センター(東弁)、仲裁センター(一弁・二弁)の中に医療紛争を対象にした部門を創設しました。

  この医療紛争ADRの特徴は、三会共同で、医療紛争の経験豊富な患者側弁護士15名、医療機関側弁護士15名の仲裁委員候補者名簿を作り、この候補者の中から患者側1名、医療機関側1名の計2名が仲裁委員に加わり、話し合いを仲介するというものです。

  平成19年6月には、早稲田大学紛争交渉研究所(所長和田仁孝教授)が、医療紛争ADRを立ち上げるべくNPO法人「医療紛争処理機構」の設立を目指しているとの報道もありました。

  本年4月からADR法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律)が施行されたこともあり、医療紛争ADRを立ち上げ、医療紛争をADRで解決していこうという動きが盛んになってきているようです。

医療紛争の特殊性とADRでの紛争解決

  交通事故紛争では、(財)交通事故紛争処理センターや(財)日弁連交通事故相談センターといったADRがよく知られ、相当に活用されています。

  しかし、これまで医療紛争の解決に際しADRはさほど利用されて来ませんでした。

  医療紛争の場合、過失や結果との因果関係に争いのない事案が少なく、医療機関側の責任の有無自体が争われることも比較的多いと思います。そのため、両当事者の主張の隔たりが大きく、対決的にもなりやすいという側面があります。

  また、そのように争いのある事案を理解し適切な紛争解決を図るには、前提として医学の専門的知識が必要となることもしばしばです。だからといってADRの仲裁委員に医師を選任して必要な専門的知識を補おうとするのは、もともと多忙な上、診療科ごとにさらに専門分化されているため、なかなか事案に即した医師を確保すること自体難しいという問題と、医師には互いにかばいあう傾向があるのではとの中立性の観点からの懸念・問題があります。

  さらに、ADRでその事案にふさわしい解決案を提示しても、医療紛争の場合、ADRの裁定に保険会社が拘束される(財)交通事故紛争処理センターのような制度がありません。そのため、裁判外での紛争解決が保険会社の意向や判断に大きく左右されてしまう面があります。

  逆に保険会社が有責と認め、損害賠償責任に争いがない医療紛争については、ADRを利用するまでもなく当事者間の交渉で解決してしまう例も少なくないのではないかと思います。

  このような諸事情から、これまで医療紛争の解決にADRがあまり利用されて来なかったのではないかと思います。

ADRの活用可能性と今後の課題

  仲裁委員の専門的知識を補い、中立性をどう担保するかという問題点を、医療紛争の経験豊富な患者側弁護士と医療機関側弁護士を仲裁委員に加えることで克服しようとする東京三会の試みは注目に値します。

 ADRは、口頭中心の比較的簡略な手続でなされます。そのため、迅速な解決につながりやすくなります。また、当事者の要望や不満が権利義務の枠外にあるような場合であっても、ときに話し合いを通じて柔軟な解決を図ることが可能です。仲裁委員が話し合いを仲介するため、両当事者の対立の先鋭化を防ぎやすい面もあります。手続の簡略さや解決の迅速さに比例し、費用も少なくて済みやすいと言えます(ただし、紛争が解決した際に受けた利益に応じ手数料が必要となることがあり、注意が必要ですが…)。

  このようにADRでの紛争解決には利点も多くあります。

  これからの医療紛争のADRとして残された課題は、損害賠償責任の存否に争いのある医療紛争について、保険会社も巻き込みつつ、いかに適正かつ迅速に紛争解決できるような仕組みを作ることができるかという点にあると思います。その意味で、現在検討されている診療関連死の死因究明制度がどう構築されていくのかが注目されます。

  医療紛争解決に携わるわたしたち弁護士も、以上のようなADRの利点・特性やその限界を十分理解し、現状でも、保険会社が有責と認めている事案における賠償額の調整や、医療機関側の見解がはっきりしない事案における説明要請、回答の催促などでは、ADRの活用も十分考慮に入れることが必要でしょう。