介護職の医行為一部容認で法制化の方向へ

弁護士松山健(嘱託)(2010年9月センターニュース270号情報センター日誌より)


 厚労省の「介護職員等によるたんの吸引等の実施のための制度の在り方に関する検討会」は、本年7月から8月まで全4回の検討会を開催し、たん吸引など一部の医療行為について、一定の研修を受けた介護職員に認める制度を創設する方針を決め、本年10月を目途にモデル事業を開始し、来年の通常国会には必要な改正法案の提出を目指すとの結論を出しました。

検討の趣旨

 医師、看護師の免許を有さない者による医業は、医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条によって禁止されます。「医業」とは、「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」(医行為)を、反復継続する意思をもって行うことであると解されており、たんの吸引及び経管栄養は「医行為」に整理されるため、本来、介護職員には禁止される違法行為となります。

  しかし、介護現場で、たんが絡んで危険な状態となっている被介護者を前にして、介護職員が医師や看護師の到着まで何もできないというのはあまりに硬直すぎ、かえって利用者の利益を損ないかねません。そこで、従来は、当面のやむを得ず必要な措置(実質的違法性阻却)として、通知・通達により、介護職員等がたんの吸引・経管栄養のうちの一定の行為を一定の条件下で実施することが容認されてきました(本年3月末にも、平成21年9月から同年12月まで全国125施設でモデル事業が実施された特別養護老人ホームに関して介護職員にたんの吸引等を許容する厚労省医政局長からの通知がなされています。)。

  もっとも、こうした運用については、安全面でのリスクを利用者に課し、研修制度も未確立なまま許容される対象行為の範囲や要件の具備の判断を現場に押し付ける結果となり、現場の介護職員に不安・負担を与え、また、法と実態の乖離について社会的な視点からも納得が得難いのではないかという問題意識から、検討会は、モデル事業実施後の法制化を検討し、次のような試案をまとめました。

検討会の試案

1)実施できる医行為

  「たんの吸引(口腔内と鼻腔内、気管カニューレ内部。口腔内は、咽頭の手前まで)」と「胃ろう・腸ろう・経鼻の経管栄養」とされます。ただし、胃ろう等の状態確認や経管栄養のチューブ挿入状態の確認は看護職員が行うとしています。

2)実施できる介護職員

  一定の追加的研修を修了した介護職員等(介護福祉士、訪問介護員等)とされます。モデル事業で予定されている研修は次のような内容です。

  指導者講習(本年10月目途)を受けた医師・看護師を指導者として、50時間の講義と、救急蘇生(1回以上)、たんの吸引及び経管栄養(それぞれ5回以上)の演習を内容とする基本研修(平成22年11月目途に120人程度)が行われ、看護師の指導を受けながら所定の実習を行う実地研修(平成23年1月目途に全国40カ所程度で)が実施されます。

3)実施できる施設

  介護関係施設(特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、グループホーム、有料老人ホーム等)、障害者支援施設等(通所支援施設及びケアホームを含み、医療機関は除く)、特別支援学校(検討継続)、訪問介護事業所による在宅について、いずれも、医療職と介護職等の適切な連携・協働が可能な場合に認めるとされています。 

法制度のあり方

 救命救急の分野では、かつて救急隊員の医行為が一切認められなかったところ、救命救急士法が制定され、医行為の一部である特定行為(心肺停止状態の傷病者に対して行う除細動・気管挿管・薬剤投与等の救急救命処置)を医師の指示のもとに行うことができる国家資格(救命救急士)を設け、特定行為の範囲が拡大してきた経緯があります。

  介護の分野では、現在、研修制度が未確立なまま、ニーズに押し切られる形で介護職員による医行為が容認される状態となっており、かつての救命救急と類似する状況が認められます。

  検討会では、医行為の範囲を明確化して、たんの吸引等を医行為から外す議論もなされましたが、結論は出ず、医行為該当を前提に、将来的な実施できる行為の範囲の拡大の余地を留保することとなりました。

  実際の介護現場では、たんの吸引等のみでなく、点滴の抜針やインスリン注射等も行われている例もあるようです。無資格者の医行為は、知識不足や技術の稚拙さによって、重大な事故を招くおそれがあるばかりか、実際に事故が発生した場合に、介護事故賠償責任保険上、保険事故と認められないこともあり、被害回復に問題を生ずる場合も起こり得ます。

  ニーズに押されて、なし崩し的に拡大しかねない介護現場での医行為を枠にはめていく方向づけ自体は必要であり、今後は、モデル事業からのフィードバックをもとに、介護現場に不安を与えず、かつ、安全で利用者のためになる制度とされることが望まれます。