生殖医療と親子関係

弁護士松山健(嘱託)(2014年1月センターニュース310号情報センター日誌より)

最高裁決定 

 平成25年12月10日最高裁判所第三小法廷は、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」)3条1項の規定に基づき、男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた抗告人X1と同人と婚姻した女性である抗告人X2が、抗告人X2が婚姻中に懐胎して出産した男児の父の欄を空欄とする等の戸籍の記載につき、戸籍法113条の規定に基づく戸籍の訂正の許可を求める事案について、戸籍の訂正を許可する決定を出しました。

事 案 

 X1は、平成16年に性別適合手術を受け、平成20年に特例法による性別の取扱い変更の審判を受け、同年、X2と婚姻し、第三者の精子提供を受け、人工授精(非配偶者間人工授精AIDないしDI)によって懐胎し、平成21年に出産し、区役所に夫婦の嫡出子とする出生届を提出しましたが、区長は、男児が民法772条による嫡出推定を受けないことを前提に、出生届の父母との続柄の欄に不備があるとして追完をするよう催告したところ、抗告人が従わなかったことから法務局長の許可を得て父の欄を空欄とする戸籍の記載をしました。
 これに対して、抗告人らは、民法による嫡出の推定を受けるとして戸籍の訂正を求めました。

問題の背景と原審の判断

 特例法には、AIDによる子供との親子関係に関する定めがありません。
 通常の男女の夫婦がAIDによる不妊治療で子をもうけた場合には、出生届時に事実上、役所が確認できないため、嫡出子として受理される実態があり、その差が問題になっていました。
 東京家裁 (東京家審平成24年10月31日) は、男性としての生殖能力がないことが戸籍記載上から客観的に明らかである等の理由を示し、東京高裁(東京高裁平成24年12月26日決定)も原審判の理由を支持しつつ、「嫡出親子関係は、生理的な血縁を基礎としつつ、婚姻を基盤として判定されるものであって、・・・戸籍の記載上、生理的な血縁が存しないことが明らかな場合においては、同条適用の前提を欠くものというべき」として、戸籍訂正の申し立てを退けていました。

最高裁の判断 

 最高裁での5名の裁判官の判断は3対2と大きく割れました。多数意見の理由は次の通りです。
 特例法4条1項は、性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法その他の法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、他の性別に変わったものと見なす旨規定する。
 したがって、特例法3条1項により男性への性別変更の審判を受けた者は、以後、法令の適用につき男性と見なされるため、民法の規定に基づき夫として婚姻でき、婚姻中に妻が懐胎したときは、同法772条により、当該子は当該夫の子と推定される。
 もっとも、夫婦の実態が失われたり遠隔地に居住して性的関係を持つ機会がなかったことが明らかな場合には、その子は実質的に同条の推定を受けないというのが最高裁判例であるが、妻との性的関係によって子をもうけることがおよそ想定できない特例法3条1項による審判を受ける者に婚姻を認めながら、他方で、婚姻の主要な効果である嫡出推定の規定の適用を性的関係の結果もうけた子であり得ないことを理由に認めないとするのは相当でない。

まとめ 

 近年の生殖補助医療技術の進展は、民法制定当時の想定を遥かに超えるものです。
 今回の決定それ自体の射程範囲は広いものではないとしても、その波及効果は大きなものがあります。
 ドナーの精子や卵子を用いた出産や夫の死後に妻が凍結精子を使用した体外受精や、第三者や肉親による代理懐胎などの規制、出生子の法的地位については、議論はされているものの法制化は進んでいません。
 この決定を契機として改めて始まる議論を見守っていく必要があります。