冷静で論理的な建設的議論を~医療事故調施行検討会の現状

弁護士堀康司(常任理事)(2015年1月センターニュース322号情報センター日誌より)

第3回まで開催

 前号の本欄でもご紹介したとおり、昨年11月より、厚生労働省の医療事故調査制度の施行に係る検討会において、本年10月からスタートする医療法に基づく医療事故調査制度の省令事項等の検討が始まっています。昨年11月26日の第2回会合では、厚労省事務局から省令・通知内容のイメージが示され、これを叩き台とした議論がスタートしました。そして同12月11日の第3回会合においても、引き続き各論点の討議が進められています。

遺族は患者の代弁者ではない?

 第2回会合では、田邉昇構成員(弁護士・医師・日本医療法人協会「現場からの医療事故調ガイドライン検討委員会」委員)より下記の記述を含む資料が提出され、そのまま配付されました。そして当日欠席した同構成員の申出によって指名された参考人である佐藤一樹医師が、この内容をそのまま読み上げました。


「遺族はそもそも患者ではない。本委員会でも、医療事故被害者御本人あるいは医療被害者を自称する者や遺族の代理人を生業として生活している構成員が選任されているが、『患者』の視点を代弁しているかは疑問である。」

 遺族に該当する構成員は、都立広尾病院事件で奥様を亡くされた永井裕之委員と、東部地域病院事件で息子さんを亡くされた豊田郁子委員の2名です。
 平成16年9月に発表された日本医学会加盟主要19学会共同声明では、「医療事故が社会問題化する中、医療の安全と信頼の向上を図るための社会的システムの構築が、重要な課題として求められている」との問題意識の下で、「医療の信頼性向上のためには、事態の発生に当たり、患者やその家族のみならず、社会に対しても十分な情報提供を図り、医療の透明性を高めることが重要である。そのためには、患者やその家族(遺族)が事実経過を検証し、公正な情報を得る手段が担保される情報開示が必要である。」と謳われていました。
 永井氏も豊田氏も、こうした医療界の姿勢を信じて、悲しい思いを乗り越え、二度と同じことを起こして欲しくないと願い、現場で医療の安全の実現に取り組む医療関係者の方々と、10年以上にわたって共に歩んできたはずです。
 そうであるのに、厚生労働省の検討会で公的役割を託された構成員による「被害者を自称する者」との言葉が、検討会という公の場において、医師の口から発せられたことは、大変に遺憾です。
 19学会声明に謳われた信頼向上に向けた医療界の覚悟は、10年の経過により、もはや失われてしまったのでしょうか。

論理性ある議論を~「訴追4%」論のおかしさ

 第3回会合では、大磯義一郎構成員(浜松医科大学医学部教授)が、昨年11月の医療の質・安全学会において喜田裕也医師により事故調査報告書66例中3件が警察捜査の端緒となったと発表されたと口頭で紹介しました。その上で、大磯構成員からは、あたかも死因調査分析モデル事業や産科医療補償制度の報告書の4%において、実際に刑事訴追がなされていると受け取りうる発言がありました。
 しかしながら、同発表の抄録(医療の質・安全学会誌9巻増刊228頁)では、「2013年3月末までに、インシデント重症度分類3b以上の有害事象で、インターネット等で公表された調査」56事例・66報告書を分析したとされています。事故調査報告書の多くが公表されておらず、とりわけ訴追等で耳目を大きく集めていないものについては埋もれがちであろうということを踏まえれば、収集された66報告書が現状全体を適切に代表しているとは考えがたく、過去10数年の間に3件の訴追事案があったとしても、66を分母として比率を取ることに、さほど意味があるとは思われません。ましてや、この比率を医療事故調査全体に当てはめるのは、明らかな論理の飛躍です。
 この点に関しては、ごくわずかな例外をもって制度の全体構造を考えることの問題点を指摘した宮澤潤構成員の発言が、正鵠を射ていたものと思われます。この宮澤構成員の指摘に対し、田邉構成員は、産科医療補償制度で3000万円渡しているのに4%は訴追される現実があると反論しましたが、明らかな誤解に基づくものであったため、最後には大磯構成員が、上記喜田医師の発表は産科医療補償制度を母数とするものではないことを説明する等、議論は不必要に錯綜する結果となりました。
 前提を誤った議論とその訂正のために、1回2時間しかない貴重な検討会の時間が費やされたことは、大変に残念でした。

医療安全管理の現場の声は届いているか?

 この他、第3回会合においては、事故調査報告書の必要的記載事項から再発防止・原因分析に関する検討結果を外すように求める意見が出るなど、検討会の議論からは、医療者が患者とともに安全な医療を作り上げようとする意欲を感じることができませんでした。
 病院での講演等の折に、医療安全管理業務に従事する医療関係者の方からご意見をうかがうと、報告書を作成するのは当然、これを患者に交付するのも当然という答えが戻ってきます。こうした現場の実践を踏まえた意見が検討会の議論に十分反映されていないことは、残念でなりません。
 今後の冷静な議論によって、医療現場で芽吹きつつある医療安全文化を反映した形で、検討結果がとりまとめられることを、心から期待したいと思います。