医療安全文化はどこまで根付いたか?~新事故調査制度、始動から3ヶ月

弁護士堀康司(常任理事) (2016年1月センターニュース334号情報センター日誌より)

2ヶ月で45件

 新しい調査制度が始動して3ヶ月が経過しました。本稿執筆時点では、昨年11月分までの集計結果が日本医療安全調査機構から報告されており、昨年10月と11月の2ヶ月で同機構に報告された事例は累計で45件でした(11月分は26件。10月分で1件取り下げ)。このペースだと年間の事例数は270件程度となります。事前の想定よりも大幅に報告が少ない状態が続いています。

早くも報告書第1号が完成

 同機構は、昨年11月中に1件の院内事故調査報告書が同機構に提出されたことを公表しました。昨年10月1日以降に発生した死亡事故について2ヶ月を要さず報告書が完成したことになります。事案の内容にもよりますが、外部委員を含む形で院内調査委員会を編成した場合、事故発生から2ヶ月未満で報告書を完成させることは容易ではありません。もし迅速に事案に即した適切な調査が行われたのであれば、その医療機関の事故調査能力に学ぶところは非常に大きいはずです。逆に非常に拙速な報告書が提出されただけであるなら、これが先例とならないよう、十分に是正される必要があります。同機構が、報告書第1号事例をどのように評価・分析していくのか、注目されます。

日本病院会が「院内事故調査の手引き」を発刊

 昨年10月2日、日本病院会は「院内事故調査の手引き~医療事故調査制度に対応した具体的手順~」を発刊しました。医療機関毎に新制度への対応方針が異なることは望ましくありません。本来、同機構が公式にガイドラインを公表すべきですが、現在までそうした対応は取られていません。
 このような状況下で発刊された日本病院会の手引きは、内容的に見ていわば「準公式ガイドライン」と言えるものとなっていると思います。多くの医療機関がこれを参照することが予想されますので、患者側弁護士としても、この内容を精査する必要がありそうです。

全国医学部長病院長会議がガイドラインを発表

 昨年11月20日、全国医学部長病院長会議は「医療事故調査制度ガイドライン」を発表しました。本文がA4で6頁というコンパクトなものですが、冒頭には大原則として「死亡事例に対しては、今回の調査制度の有無とは関係なく、医療者のプロフェッショナリズムに基づき、説明責任を果たさなければならない。報告対象事例か否かは本質的な問題ではない。」という骨太の指針が示されており、医療安全を望む医療者の矜持が感じられました。院内事故調査委員会の構成例においても、医療以外の専門家を参画させ第三者性を担保していくことが重視されており、示唆に富む内容であると思います。

医療の質・安全学会誌が事故調を特集

 昨年10月31日に発刊された医療の質・安全学会誌(10巻4号)は、「新しい医療事故調査制度を医療安全の向上にどう生かすか」と題する特集を組んでいます。この中から、医療者側による言葉を3つ引用します。
 「医療提供に当たって医療職および患者・家族の双方に求められるコミュニケーションのあり方が、再び、より本質的なところで問われているように思われてならない」(小泉俊三氏・p428)
 「医療界が水準の高い自己検証システムを確立し、それが機能することを実証しない限り、特に重大事故後の対処において市民からの信頼は得られず、警察や司直の介入を遠ざけることはできないということである(中略)取って付けたような不誠実な検証や、遺族や社会へのあいまいな説明を繰り返していては2000年当時の状況の繰り返しである。」(長尾能雅氏・北野文将氏・p454)
 「対話の窓口を医療機関側から閉ざしてはならない(中略)もし、患者遺族が事故に区切りを付けることができるとすれば、医療機関側が事故から学び、システムを改善していく一連のプロセスを一緒に体験していくことによって得られるだろう。決して金銭的な問題だけではないと思う」(松村由美氏・p463)
 今後も紆余曲折はあるはずですが、こうした思いの下で、医療安全文化が更に育っていくことを期待したいです。