堀康司(常任理事) (2017年1月センターニュース346号情報センター日誌より)
産婦人科医会が初の直接指導
愛媛県今治市の産科診療所で妊産婦らに死亡等の重大有害事象が相次いだことに対し、先月、日本産婦人科医会が個別医療機関に対する初の直接指導を行い、これをきっかけとして保健所が臨時立ち入り検査を行いました。報道によれば、各事例は次のとおりとのことです(朝日H28/12/12、読売H28/12/13、産経H28/12/13等)。
平成17年 子宮筋腫術後大量出血で他院搬送
平成20年 子宮筋腫術後大量出血で死亡
平成21年 帝王切開後に脳梗塞を発症し麻痺残存
平成24年 出産後の出血で死亡
平成27年 帝王切開後の出血で死亡
平成28年 帝王切開後の出血で一時重症
産婦人科医会による死亡症例報告事業
同医会の平成22年度事業計画及び事業報告によると、同医会は、同年度より、昭和54年から独自に実施してきた妊産婦死亡症例調査を発展させる形で「妊産婦死亡の届け出システム事業」を開始しました。同医会医療安全部会は、平成23年1月にホームページからダウンロード可能な新様式の死亡症例報告用紙を策定し、同医会会員に事業と報告書式の周知を図りました。報告された症例は「厚生労働省科学研究費並びに循環器病研究開発研究班による症例検討評価委員会」と連携して分析が行われ、その結果を集約し「母体安全への提言2010」が公表されました。
母体安全への提言2010
1.バイタルサインの重要性を認識し、異常の早期発見に努める
2.妊産婦の特殊性を考慮した、心肺蘇生法に習熟する
3.産科出血の背景に、「羊水塞栓症」があることを念頭に入れ、血液検査と子宮病理検査を行う
4.産科危機的出血への対応ガイドラインに沿い、適切な輸血法を行う
5.脳出血の原因として妊娠高血圧症候群、HELLP症候群の重要性を認識する
6.妊産婦死亡が発生した場合、産科ガイドラインに沿った対応を行う
その後、同事業では、平成22年~平成27年度の6年間で合計で282例の報告を受け、同症例検討評価委員会で224例の報告書をまとめ、当該分娩施設と都道府県産婦人科医会に送付したことが、平成27年度事業報告で紹介されています。
患者安全につながる丁寧な検証を
同医会によって、こうした死亡症例の調査分析が行われる中、愛媛の産科診療所に対する直接指導が平成28年12月というタイミングになった理由は、どこにあったのでしょうか。
①この件の死亡症例は上記事業に報告されていたのかどうか。
②報告されていなかったのなら、任意事業による情報収集の限界を乗り越える方法を検討する必要はないか。
③報告されていたなら、分析結果に基づく再発予防策は適切に策定され、診療所において実行されていたのかどうか。
④死亡事例以外の重大事例も把握できていたら、より早期の指導につながった可能性があったのかどうか。
⑤個人診療所における医療安全実現のためには、外部からの協力や支援が必要なのではないか。
といった点を丁寧に検証することで、妊産婦の安全確保のみならず、昨年から開始された医療法に基づく医療事故調査制度の適切な運用のあり方を考える上で、非常に重要な情報がもたらされる可能性があるはずです。
同医会が本件の経緯を丁寧に検証し、その結果を社会に情報提供することで、妊産婦を含む患者の安全の実現につながっていくことを期待したいと思います。