集中部型審理形骸化への警鐘

堀康司(常任理事) (2018年5月センターニュース362号情報センター日誌より)

集中部発足から17年が経過

 医療事件の集中部の設置は、平成13年4月の東京地裁(4ヶ部)からスタートし、以後、大阪、名古屋、さらには横浜、さいたま、千葉、札幌等の各地裁へと拡がっていきました。
 集中部発足から丸17年を経た現在、残念ながら、集中部型審理の形骸化を危惧せざるを得ない場面が増えているように感じています。

集中部初代部総括からの警鐘

 本年3月発行の『裁判官の視点 民事裁判と専門訴訟』(門口正人編・商事法務)では、東京地裁集中部発足当初の部総括判事であった福田剛久氏が、一般民事訴訟(第1章)と医療訴訟(第6章)の審理について実務に即した見解を示しています。以下、氏の記述から、特に印象に残った点を引用します。 

争点整理の充実が審理の基礎

 「争点整理の充実が、審理の充実・促進の基礎であり、集中証拠調べ実施のための必要条件であった。争点整理の形骸化は、訴訟遅延を招くだけでなく、不完全な集中証拠調べ(取り調べるべき人証を採用しない集中証拠調べ、的の外れた尋問による集中証拠調べ)を招き、裁判の適正を危うくするものでもある」(p18)

証拠と対応した主張の整理

 「形式的争点についての準備書面の交換を重ねることは、争点整理を長期化させるだけでなく、真の争点に迫るという争点整理の本来の機能を阻害することになり、適正な裁判の障害ともなる。これを防ぐためには、証拠に基づく主張を求めるとともに、提出された証拠の内容や証拠価値について、裁判所と両当事者が議論し、その議論を踏まえた主張の補充を求める必要がある」(p25)
 「争点整理表において重要なことは主張に対応する証拠を掲げるということであり、相手方の主張を否認する場合もその理由を付し、証拠(反証)を掲げることが必要である」(p27-28)

書証による暫定的心証形成とその開示

 「書証を見ながら、当事者と議論して裁判所が暫定的な心証を形成していくのが現行民訴法の予定した争点整理であり、その結果、争点が集約され、人証の取調べによって証明すべきことが明確になり、場合によれば、人証の取調べをしても結論はあまり変わりそうにないということになり、和解による解決に向かうことになる。」(p26)
 「裁判官は、訴状とその添付証拠を見た段階から心証形成を始めているのであり、争点整理手続においても、提出される主張や書証からその時その時の暫定的な心証を形成している。そして、その暫定的な心証は、多くの場合、争点整理手続において、裁判官と当事者が、書証をもとにした議論をしている中で開示されることになる。(中略)いずれにせよ、裁判官が期日ごとに暫定的な心証を形成し、これを何らかの形で開示しながら争点整理を進めていかないと、争点は集約しないし、和解による早期解決も期待できない。裁判官が準備書面の応酬を放置し、書証の提出を放置していたのでは、争点整理期日が増えるばかりで、その効果は望めない。」(p29)

本来の集中部型審理を取り戻すために

 福田氏の指摘は、集中部型審理とは、証拠に基づかない主張に引きずられることなく、訴状提出直後から、書証に基づく心証を暫定的に形成し、これを弁論準備の場で当事者に逐時開示しながら、口頭での議論を重ね、裁判所と当事者双方の三者が共通理解を形成することによって、真の争点に集中した審理を行い、早期の解決を実現するというものであったことを説明するものです。
 本年1月開催の弊センター医療過誤訴訟法講座では、加藤幸雄氏(元名古屋地裁集中部部総括)より、次のような指摘がありました。
 「何よりもそのころと現在の違いということで推測するところですが、当時の医療事件の集中部あるいは専門部の裁判官は(中略)専門的知見を要する事件であっても決して臆することなく、むしろ専門家をうならせるような正しい事実認定と的確な判断を下してやるぞと。専門家が見て、『この判決は素晴らしい』とうなるような処理をしてやるぞと。そういう気概に満ちていたように、自分としては思っております。代理人として現在事件処理に当たっていらっしゃる先生方、最近の状況はどうでしょうか。このような熱い気持ちではなくて、何となく惰性で仕事をしているように感じたということはございませんでしょうか。難しい事件なので、恐る恐る事件処理に取り組んでいるという印象を持たれたことはございませんでしょうか。」(医療事故情報センター発行『第25回弁護士のための医療過誤訴訟法講座講義録』p6)
 以上のような福田氏そして加藤氏からの貴重な指摘を踏まえ、患者側弁護士の側から、裁判所に対し、争点整理のあるべき姿を積極的に示していくことが急務であると感じました。