個別審査で対象外とされた414人を置き去りにしないために~2022年の産科医療補償制度見直しに向けて

堀康司(常任理事) (2021年1月センターニュース394号情報センター日誌より)

機構が「見直しに関する報告書」を厚労省に提出

 昨年12月、日本医療機能評価機構は、「産科医療補償制度の見直しに関する報告書」を厚労省に提出しました。これは昨年2月に厚労省が機構に対して同制度のあり方の検討を求めたことに対し、機構が昨年9月から4回にわたって討議を行った結果を報告したものです。
 2009年に創設された産科医療補償制度については、2015年に制度改定が行われましたが、この時点では創設後5年間の補償対象者が確定しておらず、制度の実績に基づく検証を行うことができませんでした。
 今回の報告書では、2009年から2014年の出生児の補償対象者数が確定したため、確定実績に基づく検証が初めて行われています。

個別審査は廃止、28週以上はすべて一般審査で判定

 現行の制度では、在胎週数28週以上の脳性麻痺児のうち、在胎週数33週以上かつ出生体重2000g以上という条件(一般審査)を満たさない児については、分娩時の低酸素状態を示す所見(臍帯動脈血液ガス分析のpH値7.1未満または胎児心拍数モニターで低酸素状況にあったことを示す所定の波形)があることを個別に審査し、補償対象か否かが判定されています。
 今回の報告書によれば、2009年から2014年の6年間に出生した児のうち、個別審査で補償対象とされたのは423件、補償対象外とされたのは414件です。そして、このように個別審査で対象外とされた児の約99%には、「分娩に関連する事象」(早産前期破水、子宮内感染、一絨毛膜双胎等)または「帝王切開」のいずれかが認められたことが明らかとされています。
 こうした確定実績を踏まえた今回の検証では、脳性麻痺発症につながる「分娩に関連する事象」が同様に生じているのに個別審査の結果がほぼ半々に分かれてしまっていることや、脳性麻痺発症の有無によって臍帯動脈血pH等の値の傾向に差が認められなかったこと等が判明したため、報告書では、2022年1月からは個別審査を廃止し、在胎週数28週以上であればすべて一般審査に統合するという方針が提案されています。

個別審査で対象外とされた414人の扱いは?

 同制度の中で積み上げられた情報を検証した結果、これまでの個別審査の基準に十分な合理性が確認できなかったことを踏まえて、審査基準を医学的な合理性を伴う内容に改定して補償対象を拡大していくことは、将来に向けた改善の方向性として、大変に望ましいものと考えられます。
 他方、この報告書では、過去に個別審査で対象外とされた414人の扱いについては、特に触れられていません。公平性という観点からすれば、今から振り返れば十分な合理性を認めがたい基準によって対象外となり、補償を受けられないままとされている児と家族の負担を軽減することも、並行して検討していく必要があるはずです。

 

414人分の補償額を大きく上回る剰余金の存在

 産科医療補償制度では、補償原資に剰余が生じた場合には、保険会社から運営組織に返還される仕組みとなっています。この剰余金の使途については、2013年の同制度の医療保険部会において、将来の保険料に充当することとされています。
 今回の報告書では、2009年から2014年の剰余金累計額が1035億円であり、2015年から2020年5月末までに合計約400億円(1分娩あたり0.8万円)が保険料に充当されており、2020年5月末の剰余金累計残高は約635億円に達していることが報告されています。この剰余金残高を踏まえて、報告書では、2022年より1分娩あたりの保険料充当額を1万円に増額することが提案されています。
 他方で、これまでに個別審査で対象外とされた414人に対し、対象児と同様の追加補償(1人あたり3000万円)を行うとした場合に必要となる金額は、単純計算で約124億円程度となります。
 以上のとおり、414人に追加補償を行うとした場合でも、その財源は直近の同制度の剰余金残高で十分に賄うことが可能です。

対象外とされた児と家族を置き去りにしない制度改定を

 これまでに個別審査で対象外とされた児の父母からすれば、脳性麻痺の病態を実証していくための貴重な情報を提供したのに、今から振り返れば合理性が十分とは言えない基準で補償の対象外とされたこととなりますし、出産育児一時金による手当がされているとはいっても、自らが分娩に先立ってこの制度に加入して保険料も支払ったのに、その剰余金は将来の加入者の負担軽減に使われるばかりで、重い障害の療養を続けている自らの子に対しては全く還元されてないということにもなります。
 生まれた時期が制度改定の前か後かによって、これほど大きな違いが生じることは、同制度の運営の基礎となるべき公平感を大きく損なう結果となります。何よりも対象外とされた児とその家族に、社会から取り残されたという思いを残す結果となることが危惧されます。
 これから2022年の制度改定の内容を確定する際には、剰余金の使途が将来の保険料に充当されるだけでよいのかどうか、補償対象外とされた児とその家族の声に、直接耳を傾けていくことが必要と考えます。