産科医療特別給付事業の事業設計が始まる

堀康司(常任理事)(2024年1月センターニュース430号情報センター日誌より)

厚労省が特別給付事業を機構に委託

 昨年12月12日、産科医療補償制度の第51回運営委員会が開催されました。同委員会では、昨年10月末までの審査・補償・原因分析の実施状況等が報告されるとともに、産科医療特別給付事業の業務設計に関する議論が開始されました。

補償対象外とされた家族の願いが結実へ

 厚労省が特別給付事業を同機構に委託することとなったのは、2022年1月に産科医療補償制度の補償対象基準が見直されて個別審査が廃止されたことによって、過去に個別審査で対象外とされた扱いが不合理であったことが顕在化したことによるものです。対象外とされた児の家族の声を受け、昨年7月5日に自民党が厚労省に対して産科医療特別給付事業の枠組みを提案したことが契機となり、昨年11月1日付で厚労省が同機構に対して特別給付事業の事業設計と運営を正式に委託するに至りました。

 同委員会で配布された資料によれば、特別給付事業の枠組みとしては、過去に個別審査で対象外とされた児に対して、2025年1月開始を目途として、同制度の剰余金を活用する形で1200万円の一時金を給付することが想定されています。

原因分析の実施の必要性

 このように特別給付事業の財源については産科医療補償制度の剰余金を活用することが想定されていますので、上記の委託通知では、厚労省としても剰余金活用についての関係者の理解が得られるように取り組んでいくことが表明されています。

 自民党の枠組み提案中においても触れられているとおり、産科医療補償制度では、脳性麻痺に関する原因分析・再発防止策の周知が行われることを通じて産科医療の質の向上が図られてきました。そうした中で生じた剰余金を特別給付事業に活用するのであれば、単に紛争予防のために一時金を支給するだけでなく、補償対象外とされたために原因分析が行われてこなかった児の臨床情報をできる限り集約して分析し、再発防止策を立案することが必要となるはずです。

 自民党の枠組み提案では、特例的な給付実施であることを理由として原因分析を実施しない旨が記載されています。しかし、特別給付事業を貴重な臨床情報を収集・分析する機会として活用することが、特例的に剰余金を用いることの合理的な理由を構成することとなるはずです。特に、これまで個別審査で対象外とされてきた週数の少ない児の臨床経過は、脳性麻痺発症のハイリスク要因を分析する上で、非常に重要な情報を含むものであることが想定されます。そうした情報の分析に関心を寄せることなく、単に一時金を給付するだけの事業に留まるのであれば、剰余金の活用について関係者の理解を得ることは困難です。

 幸い、厚労省から同機構に対する委託通知においては、原因分析を行わないことが既定方針とはされておらず、同委員会の配付資料でも、特別給付事業の事業設計については、医療関係団体・患者団体・保険者等の協力を得て行っていくことが明記されていますので、今後の議論によって、特別給付事業の事業設計に原因分析の視点を組み込む余地は十分に残されているものと考えられます。

産科医療補償制度の情報を活用した研究の進展

 同委員会で配布された資料によると、昨年10月末までに、研究目的で同制度の原因分析報告書(マスキング版)の利用申請が行われた件数は累計で15件に達したとのことです。また、同制度の再発防止ワーキンググループによる研究報告も、胎児心拍パターンと新生児脳MRI所見についての観察研究などを含め、合計で12件となっています。このように同制度では、金銭給付による紛争予防という枠組みに留まることなく、産科医療の質向上に向けた成果が着実に積み重ねられています。

 今後、産科医療特別給付制度の事業設計を行う際にも、こうした貴重な研究成果につなげることができるよう、関係者が叡智を結集することが求められていると言えます。