院内事故調査報告書の公表に関する意見

院内事故調査報告書の公表に関する意見
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院内事故調査報告書の公表に関する意見

 

2024年11月29日

 

医療事故情報センター

理事長 柴 田 義 朗

名古屋市東区泉1-1-35ハイエスト久屋6階

TEL.052-951-1731 FAX.052-951-1732

http://www.mmic-japan.net/

 

 医療事故情報センターは、医療事故に遭った患者やその家族の代理人として医療事故に取り組む全国の弁護士を正会員として構成される団体であり、医療事故の被害回復と再発防止を目的として、長年にわたり様々な活動を続けて参りました(1990年設立。2024年9月28日現在正会員数570名)。

 とりわけ、2015年10月より運用が開始されている医療事故調査制度に関しては、同制度施行前より様々な意見を述べ、施行後も、毎年5月に開催している総会記念シンポジウムにおいて度々テーマに取り上げて、医療従事者、医療事故被害者遺族、研究者等も交えながら、よりよい制度運用に向けての意見交換を行って参りました。

 医療事故調査制度の運用が始まって以降、同制度に基づいて作成された院内事故調査報告書が公表される医療機関がいくつもあります。医療事故調査制度は、医療事故の原因究明・再発防止によって、広く安全・安心な医療が提供されることを目的とした制度であり、院内事故調査を行った医療機関が、当事者のプライバシーに十分配慮した上で院内事故調査報告書を公表することは、医療安全の確保という同制度の目的に適うものです。

 医療事故の原因究明・再発防止によって、より安全で信頼できる医療が提供されることは、すべての国民の心からの願いです。医療事故情報センターは、医療事故調査制度がこうした国民の願いに寄り添ったものとなるよう、本意見を表明します。

 

1.院内事故調査報告書を公表することの意義

 

(1)同種事故の再発防止・医療の安全の確保という制度目的に適うこと

 

   医療事故調査制度は、医療法第三章「医療の安全の確保」の中に位置づけられています。同制度の目的は、医療の安全を確保するために、医療事故の再発防止を行うことです。医療事故が発生した医療機関において院内事故調査を行い、医療事故の原因の究明・分析を行って再発防止策を導き出し、これを実施していくことで同種の医療事故の発生を低減し、また、院内事故調査の結果を医療事故調査・支援センターが収集・分析することと併せて、医療をより安全なものとする制度です。

院内事故調査の対象となる検査や手術等の医療行為は、他の多くの医療機関において実施されていることも多く、院内事故調査報告書において指摘されている医療事故の原因や再発防止策は、当該医療機関のみならず、同種の医療行為を行っている他の医療機関にとっても大いに参考となる情報です。院内事故調査報告書が公表されることによって、医療機関の垣根を越えて情報共有されることには極めて大きな意義があります。

   また、院内事故調査における検討の視点や再発防止のあり方などは必ずしも一律ではなく、患者の状態、検証を行う者の専門領域、医療機関の規模・機能等によって様々です。院内事故調査報告書が公表されることによって、ひとつの医療事故に対して様々な立場、視点からの議論が可能となり、同種事故の院内事故調査にあたっても参照され、より安全な医療の提供に向けての議論へと発展していくものと思料します。

   このように、院内事故調査報告書が公表されることは、医療事故の原因究明・再発防止、さらには医療の安全の確保という医療事故調査制度の制度目的そのものに適うものであり、非常に大きな意義があります。

   なお、こうした公表の前提には、患者や医療関係者など当事者のプライバシーへの配慮が十分になされている必要があることは言うまでもありません。万一にも、公表された院内事故調査報告書に対して当事者を不当に誹謗中傷するような行為がなされるような場合には、当該行為に対して厳正に対応すべきであって、このような事態が生じ得る懸念があることを理由として、院内事故調査報告書の公表の否定することは制度の趣旨を損なうものです。

 

(2)医療の透明性を高めることにつながること

 

医療事故調査制度は、2004年9月に公表された『日本医学会加盟の主な19学会の共同声明』において、「診療行為に関連して患者死亡が発生したすべての場合について、中立的専門機関に届出を行なう制度を可及的速やかに確立すべき」との見解が示されたことを踏まえて議論が進められてきました。同声明中で、「医療の信頼性向上のためには、事態の発生に当たり、患者やその家族のみならず、社会に対しても十分な情報提供を図り、医療の透明性を高めることが重要である」と明記されています(下線は当センターによる)。このように、社会に対する情報提供を行うことによって、医療の透明性を高め、医療の信頼性向上に資することは、医療事故調査制度の運用を考えるにあたって極めて重要な視点であると言えます。院内事故調査報告書の公表は、医療の透明性の確保のために医療界に求められる姿勢に沿うものです。

   こうした観点から、多くの医療機関が医療事故の公表基準を定め、一定の医療事故について公表し、また事故調査報告書が公表されてもいるところです。

 

(3)社会との協働による医療安全の確立にも資すること

 

   安全な医療が提供されることは、すべての国民の心からの願いです。これは医療界のみの取り組みによって実現されるものではなく、国民もまた、医療事故や医療安全、医療事故調査制度について理解していかねばなりません。そのためには、どのような医療事故が起きているのか、それに対してどのような検証が行われ、再発防止策が導き出されているのかを国民も知ることが重要です。

ところが、現状、医療事故に関する報道は、メディアを通じた部分的な情報が提供されるに留まることが多く、国民は必ずしも十分な情報を正しく知る機会を得られていません。

医療の安全を目的として院内事故調査報告書が広く社会に公表されることは、市民の医療事故や医療事故調査制度への理解を進めることにつながり、医療の安全が医療界と国民との協働によって実現されるべきものであるという観点からも非常に重要な取り組みであると考えます。

 

(4)当該医療機関の医療従事者の安心にもつながること

 

   院内事故調査報告書が公表されず、医療事故についてメディアを通じた部分的な情報が提供されるに留まることで、院内事故調査の内容が正しく伝わらないまま様々な憶測を呼んでしまうことがあります。こうした状況は、上記のように我々国民にとってだけではなく、当該医療機関の医療従事者にとっても望ましい姿ではありません。実際に、院内事故調査報告書が公表されたことについて、当該医療機関の職員の多くが前向きに受け止めていたという実例も確認されています。

   このように、院内事故調査報告書が公表されることは、当該医療機関の医療従事者らを憶測に基づくあらぬ批判から守ることにも繋がります。

 

2.公表が制度上禁止されていないこと

 

  医療法など法令には、院内事故調査報告書の公表を禁止する規定はありません。したがって、院内事故調査報告書を公表することは、それが徒に当事者のプライバシーを明らかにするようなことがない限り、何ら法令に違反するところはありませんし、制度上想定されていない対応でもありません。

  なお、法令上、医療事故調査・支援センターへの報告にあたり、病院等の管理者は、遺族に対して、医療事故の発生日時、場所や状況、医療事故調査の実施計画の概要などの報告が必要ですし、院内事故調査後に同センターに報告するにあたっても、遺族に対して、医療事故調査の項目や手法、結果などについて報告されることが必要とされています。これらの報告を受けた遺族が、当該医療機関や医療従事者らに対して責任追及を考えることはあり得るところですが、これは事故調査報告書の公表の有無に関わるものではありません。

以上