医療事故調査制度の運用改善と法改正を求める意見書
2025年7月1日
医療事故情報センター
理事長 柴田義朗
【本件の連絡先】
〒461-0001名古屋市東区泉1-1-35ハイエスト久屋6階
医療事故情報センター事務局
電話 052-951-1731
医療事故情報センターは、全国で患者、家族、遺族らの代理人として医療事故に取り組む568名(2025年7月1日現在)の弁護士で組織された団体です。
私たちは、2015年10月1日から施行された医療事故調査制度が、施行後まもなく10年を迎えようとするにあたり、これまでの現状を踏まえ、医療事故調査制度がより医療の安全に資する制度となるために、以下のとおり、運用改善と法改正を求めます。
第1 医療事故調査制度の現状と問題点
医療事故調査制度の目的は、医療の安全を確保するために医療事故の再発防止を行うことにある。具体的には、医療機関が医療事故について院内事故調査を行い、その調査報告書を医療事故調査・支援センターが収集・分析することによって、再発防止につなげる仕組みである。
上記の本制度の目的を達成するには、次の4点が必要である。
① 対象となるべき事故が、医療事故調査制度の対象となること
② 適切な医療事故調査が実施されること
③ 必要な再発防止策が策定され、実行されること
④ 上記再発防止策が広く共有されること
この間、上記4点をすべて実践して、医療安全に取り組んでいる医療機関もあり、私たちは、このような医療機関やその関係者に深い敬意を表する。
ところが、私たち全国で遺族の代理人として活動している弁護士は、上記4点が実現されていない事例も多数存在することを確認している。これは、医療事故調査・支援センターが公表する年報でも確認することができる。
特に、現行制度では、医療事故として医療事故調査・支援センターに報告して事故調査を実施するかどうかは、もっぱら医療機関の管理者の判断に任されているために、本来、医療事故として報告・調査されるべき事故が、報告・調査されていない例が多数確認されている。この点、本制度発足前の厚生労働省の試算では、対象となるべき事故は年間1300~2000件とされていたところ、2025年5月末日までの9年8か月の報告総数は3397件にとどまり、当初の推計を大きく下回っている。
このような現状では、本制度の目的である医療の安全を確保するための事故の再発防止は、到底叶えることが出来ない。
そのうえ、医療機関が医療事故と認めず事故調査を行わない例に加えて、院内調査を実施してもその経緯や結果を正確に遺族に伝えない例や、適切な院内事故調査が実施されない例も多く、遺族は、医療機関に対して、さらに不信感や失望を強める結果となっている。
第2 運用改善と法改正の提案
そこで、私たちは、医療事故調査制度が、真に医療の安全に資する制度となるために、次のとおり、運用改善と法改正を求める。
1 運用改善
① 医療事故調査・支援センターに報告する必要がある「医療事故」の判断に資するガイドラインの策定と周知
医療機関が、「医療事故」該当性の判断に苦慮すると指摘することがある。この判断の在り方については、既に医療法施行規則や通知(平成27年5月8日医政発0508第1号)によって一定の明確化は図られているが、よりその判断に資するため、ガイドラインによって基本的な判断指針を策定し、これまでに報告された事故例を整理するなどして具体例等を提示してこれを周知する必要がある。
② 医療機関が「医療事故」として報告が必要かどうかについて医療事故調査・支援センターに相談し、同センターの合議結果を聞くことができる制度の周知とその判断理由の開示、合議例の公表
現在、医療機関の管理者が「医療事故」に該当するかの判断に迷う場合には、医療事故調査・支援センターに対して相談ができる仕組みがあるが、これが十分活用されないまま、当該医療機関において「医療事故」に該当しないと判断されるケースも経験する。そこで、「医療事故」の判断に関して医療事故調査・支援センターへの相談が可能であることを周知する必要がある。
また、現状では医療事故調査・支援センターの判断(センター合議)の結果のみが当該医療機関に限って伝えられるが、その理由も合わせて当該医療機関に開示されることや、センター合議例が公表されることが、病院の管理者が「医療事故」を判断するにあたって有用である。
③ 院内事故調査の手法・手順の標準化
院内事故調査は、公正性・透明性が確保され、真に原因究明・再発防止につながるものでなければならない。しかも、それが全国どの医療機関であっても同程度の調査の質が担保される必要もある。
そこで、ガイドラインの策定や各種研修を通じて、院内事故調査の手法・手順の標準化を図ることが求められる。
④ 院内事故調査の迅速化
「医療事故調査・支援センター 2024年年報」によれば、患者の死亡から院内調査結果の報告までに要した日数の中央値は374日(平均値484.0日)であり、長いものでは数年に亘っている例がある。調査期間が長期に及ぶと、策定される再発防止策が時期を失したものになりかねず、また、調査の間、遺族が置き去りにもされてしまいかねない。
事故調査の工程表を作成し、院内事故調査の迅速化を図ることが必要であり、医療事故報告から1年以内を目途に完了することが望ましい。
⑤ 院内事故調査にかかる費用についての財政的支援
院内事故調査実施にかかる当該医療機関の財政的負担は小さくない。院内事故調査にかかる費用について財政的支援を行う体制作りも急務である。
⑥ 院内事故調査報告書の遺族への交付
院内事故調査の結果は、遺族に対しても説明されなければならない(医療法第6条の11)。遺族と医療機関側が同じ事実を共有するためには、医療事故調査・支援センターに報告するものと同じ院内事故調査報告書が遺族に交付されることが肝要である。また、そうした対応がなされることで、行われた院内事故調査に対する公正性・透明性が確保され、社会的にも信用されるものとなる。
⑦ センター調査報告書の公表
センター調査は、第三者としての専門的立場から院内調査の内容について可能な範囲で事実確認や調査・分析を行い、事故の原因を明らかにし、再発防止を図ることで、医療の質と安全の向上に資することを目的としている。センター調査報告書で指摘される原因分析の結果や再発防止策は、当該事案だけでなく、類似の医療行為を提供しているすべての医療機関に非常に有用な情報であるから、センター調査報告書は公表されることが必要である。公表されることによって、今後、医療事故調査を実施する医療機関にとって、「医療事故」判断のための具体例となり、また、調査の手法や視点を学ぶ材料ともなる。
⑧ センター調査の迅速化
現状、センター調査に要する期間は1年6か月程度を目標とするとされているが、実際には、2年以上を要している例も少なくない。調査の長期化によって、策定される再発防止策が時期を失したものになりかねない懸念は、センター調査着手までにも事故発生から時間を要していることから、院内事故調査の場合よりも高い。
極力速やかにセンター調査が行われるための方策が検討される必要がある。
⑨ センター業務に対する財政的支援の強化
医療事故調査制度において、医療事故調査・支援センターの業務が、その要である。医療事故調査・支援センターが十分な機能を維持した形で運営されるよう、同センターに対する財政的支援の強化も必要である。
⑩ 医療事故調査制度の市民への周知
医療の安全は、医療関係者のみではなく、患者ひいては市民との協働によって実現されるものである。市民が、医療事故調査に取り組む医療機関を正しく評価する必要もある。そのためには、市民に対し、医療事故調査制度について、さらなる周知を進めていく必要がある。
2 法改正
① 関係者による申告制度の制定とセンター調査の拡充
現行法では、医療機関の管理者が「医療事故」であると判断して、医療事故調査・支援センターに報告しない限り、本制度の対象となることがない。そのため、「医療事故」に該当する事故についても、医療機関の管理者が「医療事故」でないと判断すれば対象となることがない。
このような現行制度の限界を補完し、必要な医療事故調査が実施される制度とするためには法改正が必要である。
すなわち、医療機関の管理者でなくても、当該医療事故の関係者(当該事故の遺族ら、あるいは、当該医療機関の医療従事者など)が医療事故と疑われる事例を医療事故調査・支援センターに申告し、そのうち、同センターがセンター合議によって「医療事故」に該当すると判断した事故については、当該医療機関に報告を推奨し、当該医療機関が一定期間内に報告しなかったときには、センター調査を実施できるとする「申告制度」を新たに制定する法改正が必要である。この改正によって、医療事故の再発防止に資する事故が看過されることなく調査されることとなる。
② 重篤な後遺症例への対象の拡大
現行法では、本制度の対象は患者が死亡又は死産した例とされている。しかしながら、再発防止につなげるべき重大な医療事故は、患者が死亡又は死産した例に限らない。
そこで、まずは、死亡・死産に比肩する重篤な後遺症として、身体障害等級第1級に相当する後遺障害についても対象に含めることとして、対象範囲を拡大することが必要である。
なお、将来的には、産科医療補償制度を参考にした補償制度を整備し、医療事故調査制度と関連づけることによって、被害救済に結びつけることが望まれる。
以上